大判例

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東京高等裁判所 昭和24年(ナ)2号 判決 1949年11月15日

原告

田中正義

被告

東京都選挙管理委員会委員長 松崎権四郞

"

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

請求の趣旨

原告は昭和二十四年一月二十三日執行せられた衆議院議員選挙における東京都第一区の選挙は之を無効とする、訴訟費用は被告の負担とする旨の判決を求めた。

事実

原告は昭和二十四年一月二十三日執行せられた衆議院議員の選挙に東京都第一区から立候補した公営選挙の趣旨に従い候補者立会演説に出席し選挙運動をしたものであるが、多数の共産党員の聴衆は常に共同して原告の演説を妨害し公平なるべき選挙の自由を妨げ共産党だけに利益を与えたのに、選挙管理委員会の委員は常に傍観してその職責を全うせず、公営選挙たる目的に背いて居つたので遂に選挙の結果に異状を生じたものである。即ち

第一、昭和二十四年一月六日午後九時当日第二会場である中央区月島通三丁目七番地所在月島第一小学校に於ての原告の演説に対し、共産党員多数集合の上共同して妨害したが選挙管理委員会の委員は之を静止せず、為めに原告の演説の後半以下は殆んど聴取不能に陷つた。

第二、同月八日午後八時台東区向柳原二丁目一番地柳北小学校に於ての原告の演説に対し共産党員の多数共同して妨害した為め演説の中程から殆んど聴衆に徹底せず、降壇の後選挙管理委員会の委員に責任を追及したのに委員はこの権限がないと放言した。

第三、同日午後九時台東区雷門三丁目十五番地浅草公会堂に於ての原告の演説に対し共産党員を含む多数の聴衆共同して終始野次的妨害を為したため演説の後半全く徹底せずして演説の目的を達することが出来なかつた。

第四、同月十一日午後七時台東区日本堤二丁目八番地待乳山小学校に於ての原告の演説は終始一貫共産党員多数の共同妨害により殆んど全部不能に陷つたが選挙管理委員会の委員は喧騒のまゝ放任して何等の処置を取らなかつた。

第五、同日午後八時台東区上根岸六十三番地根岸小学校に於ての原告の演説に対し共産党員多数共同して妨害した為め演説の後半は聴衆に徹底しなかつた。

第六、同月十二日千代田区三番町十六番地九段小学校に於ての原告の演説は、日程によれば順位第一位であつたので、申合せにより出演時の午後七時三十分前出席したのに、選挙管理委員会の委員は「原告の同校出演は第三位であるから第一位出演に定められてある千代田区神田司町二丁目十六番地神田小学校へ行く旨」申渡されたので、原告は日程によれば九段小学校が第一位であることを述べたのに対し、委員数名は神田小学校が第一位であることを強硬に主張して原告の申出を採用しなかつた為め、既に時刻も切迫して居たので已むなく急いで自動車を駆つて神田小学校へ赴いたが日程通り神田小学校では原告は第三位であつた為め直ちに引返そうとしたがこの時は既に時間もなかつたので仕方なく神田小学校で第三位の演説をして、第一位であつた九段小学校では日程にない時間外の第八位の演説をしたが聴衆は既に三分の一に減じて居つた。このことは聴衆に対する候補者の取扱につき公平を欠いたのみならず選挙管理委員会の非常な失態で選挙公営の効力をも失つたものである。

第七、同月十四日午後七時新宿区箪笥町十五番地牛込公会堂に於て原告が登壇せんとする直前警察の保安係と称する者が来て原告に対し「原告の演説が共産党を刺戟しない樣にすべき旨」制ちゆうを加えるが如き言辞を用いた。而して演説の後半は多数の共産党員の共同の妨害があつたが選挙管理委員会の委員は静止を命じなかつたので演説の結論は少しも徹底しなかつた。

第八、同月十五日午後八時半中央区蠣殼町二丁目十二番地日本橋公会堂に於ての原告の演説は後半から共産党員の共同妨害の為め徹底しなかつたが選挙管理委員会の委員は義務を怠つて静止しなかつた。

第九、同月十六日午後八時文京区東青柳三丁目青柳小学校に於ての原告の演説は多数の共産党員を含む共同の妨害によつて後半は殆んど徹底しなかつたが選挙管理委員会の委員は傍観して責任を果さなかつた。

第十、同月十九日午後八時文京区根津清水町十八番地根津小学校に於ての原告の演説に対し共産党員を含む多数の共同の妨害によつて殆んど演説の三分の一以下は徹底しなかつたが選挙管理委員会の委員は傍観してその責任を果さなかつた。

第十一、同月二十日午後七時半文京区柳町二十七番地柳町小学校に於ての原告の演説に対し共産党員を含む多数の共同妨害によつて演説不能に陷つた為め選挙管理委員会の委員は登壇し申訳的に靜止を希望したが依然妨害は止まなかつたので演説中絶の止むなきに至り降壇後多数の警察官の護衞を受けた。

第十二、同月二十一日午後七時半港区笄町二十八番地笄小学校に於ての原告の演説は多数の共産党員の共同妨害の為め結論は全く徹底しなかつた。

然るに今回の公営選挙は立会演説を主としたものであるところ、以上の諸事実によつて原告の演説の殆んど凡ては妨害の為め政見の徹底を欠いたのに反し共産党の演説は何等の妨害がないのみか却つて靜粛に終始したのは明らかに選挙の公明を欠き有権者に嚴正な批判の自由を与えるの機会を奪つたものである。而して選挙管理委員会が立会演説会を厳正公平に執行すべき義務あるに拘らず之に違背した点は選挙運動等の臨時特例に関する法律(以下単に特例に関する法律と呼ぶ)第四条、第五条に、選挙管理委員会の委員と共謀した共産党員多数の聴衆が常に共同して原告の演説を妨害した点は衆議院議員選挙法(以下単に選挙法と呼ぶ)第百二十条に公平なる選挙の自由を妨げた点は同法第百十五条に、共産党に反対の利益を与えた点は同法第百十二条第二項に、選挙管理委員會の委員が常に傍観消極的の援助を為しその職責を全うしなかつた点は特例に関する法律第一条、選挙法第百十六条第一項、第百十二条第二項に各違反したもので、この為め選挙の結果に重大な影響を及ぼし末尾別表に見るような投票となつたものであるから本件第一区に於ける選挙は無効であるよつて之が宣言を求めるため本訴請求に及んだと述べ証拠として甲第一号証を提出し証人中村イソコ、渡辺富士男、小林栄次の各証言を援用し乙号各証の成立を認めた。

被告指定代理人は主文第一項同旨の判決を求め答弁として原告が昭和二十四年一月二十三日執行の衆議院議員選挙に於て東京都第一区から立候補し原告主張の日時、場所に於て候補者立会演説をした事実は認める。原告主張の第六の事実中九段小学校の立会演説会に於て選挙管理事務従事者の誤りによつて原告の演説の順位を原告主張のように変更したことは認めるが、右は原告諒解の上行われたもので然も盛会裡に原告の演説は終了したものであるから何等原告に不利益を被らしめたものではない。

元来単に演説の順位を変更することは選挙の規定に違反するものではなく、又この為めに選挙の結果に異動を生ずるものとは認め難い。その他の原告主張事実は全部之を争う。仮に原告主張のような選挙運動を妨害した事実があつたとしても右は単に刑事問題が生ずるに留まり選挙執行上の法規違反があつたものとは云えないからこのことを以つて選挙の無効を主張する事由とは為し得ないと述べ証拠として乙第一乃至第四号証を提出し甲第一号証の成立を認めた。

理由

原告が昭和二十四年一月二十三日執行せられた衆議院議員選挙に於て東京都第一区より立候補し原告主張の第一乃至第十二記載の日記、場所に於て立会演説をしたことは当事者間に争がない。而して選挙法第八十二條所定の選挙の規定に違反することあるときは選挙の管理執行を司る機関が選挙の管理執行に関する規定に違反することを意味するものと解するところ、前記選挙が公営に係り立会演説を主としたものである結果之を管理する選挙管理委員会は右演説が厳正公平自由に行われるようその事務を執行すべき法律上の職責あることは特例に関する法律の規定に照し疑がないから、若し選挙管理委員会の事務執行が違法又は不適当の爲め立会演説が厳正公平自由に行われないならば結局選挙に反することゝなるものと認めざるを得ない。

よつて本件について判断するに原告主張の第六の事実中九段小学校に於ての原告の演説の順位が日程によれば第一位であつたのに選挙管理委員会の事務担当者の誤解によつて原告をして日程通り第一位に演説を為さしめず最後の第八位に演説を為さしめたことは被告の認めるところであり、被告は右変更は原告の諒解の下に行われたと主張するが之を認めるに足る証拠がなく、又被告はこのような変更は選挙の規定に反しないと主張するが特例に関する法律第五条によれば演説の順序は第一回は都の選挙管理委員会が命じて決定すること、第二回以後は前回の第一順位の者を最後の順位とし第二順位以下の者を順次一順位づつ繰上げることに定めてあつて、選挙の公平に行われるべきことを尊重したことが認められるから選挙管理委員会の自由に順位の変更を許したものではないこと明らかである。従つて選挙管理委員会の右処置は選挙の規定に反したこゝとなるところ証人渡辺富士男、小林栄次の両証言を綜合すれば原告はこの爲め直ちに神田小学校へ赴き演説を終つてから再度九段小学校へ引返し日程外の第八位として演説をしたが聴衆も減し不利益を被つた事実が認められる。又右両証人ならびに証人中村イソコの証言を繰合すれば原告主張の各立会演説会の原告の演説に於て、共産党員と考えられる多数の聴衆から野次等によつてこの演説が或る程度妨害せられたのに対し選挙管理委員会が係員をして口頭又はリンを用ひて静止を命じそれ以上の方法を採らなかつた実実、牛込公会堂に於ての演説の前に警察官らしき者より共産党を刺戟しないよう言葉を愼しむ旨注意を受けた事実は孰れも認められるが原告の演説が終始聴衆に徹底せず又は不能に帰したことは前記各証人の証言中同趣旨に副うが如き部分は採用し難く他に同事実を認めるに足る証拠がない。然らば原告の立会演説が自由公平に行われたかどうかについては選挙管理委員会の管理事務の執行が必ずしも遺漏がなかつたとは云ひ得ないが他面この種の演説会に於ける聴衆は、通例各種の階層を包含し、この抱懷する政治思想についても多種多樣である関係上、その全聴衆をして傾聴せしめることの極めて困難なことは勿論或る場合にははげしい妨害も予想せられるのであるから、所謂野次怒号等の妨害を最少限に喰止め、演説効果を十分に発揮するがためには、専ら演者に於て会場の雰囲気を直感し、鋭く聴衆の心理をつかんで、それに相応する工夫をすることが必要であり、その工夫如何により妨害の程度も自ら異らざるを得ない、しかも本件に於ける数次の演説会に於て、原告がこの点に関して十分なる工夫、注意をこらしたことについては何等証拠の徴すべきものがないから前記認定の演説会場に於ける妨害については原告自身も一部の責に任ずべきで演説効果の不十分なることを総て立会演説会の管理者の責に帰せしめることは妥当ではない。

よつて以上の事実に原告自ら認める未尾添附の別表に於ける本件選挙の投票の結果(得票最高点は「六一二〇二票」なるに原告は第十五位にて「二三五七票」)を参酌すれば仮に前記事実が選挙の規定に違反したとしてもこの程度の事実丈では到底選挙の結果に影響を及ぼしたものとは認められないから原告の本訴請求は理由がないものと認め民事訴訟法第八十九條に従い主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡〓葆 裁判官 牛山要 裁判官正田滿三郞は差支のため署名捺印することができない裁判長裁判官 渡〓葆)

(別表省略)

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